「人の目」に揺れる思春期の子どもたち。母が思うこと。
お疲れ様です!まみえです。今日もなんとかやってます(´∀`)v
子育てしていると、ときどき自分の昔と重ねて、ふと考え込んでしまうことがあります。
今日は、思春期の子どもたちを見ていて、最近よく考えていることを書いてみたいと思います。
私は今、人の目があまり気にならない
ふと気づいたんですが、最近の私、人の目があまり気になりません。
きっと、子どもの体調や学校行事で、職場の皆さんに何度も頭を下げ、家族にも助けを求める日々を重ねてきたからだと思います。「すみません」と「ありがとうございます」を毎日のように口にしていると、人にどう思われるかを気にする余裕すら、なくなっていく。
そうやって、いつのまにかある種の図太さが備わったんだと思います。
これって、悪い意味じゃなくて、自分にとっても周りにとってもラクな状態。等身大で、気を張らずに、毎日を回せるようになりました。
思春期の子どもたちは、人の目に揺れている
一方、我が家の思春期の子どもたちを見ていると、人の目に揺さぶられている様子が見てとれます。
娘は、人と関わるのが少し苦手なタイプ。とくに女子特有の、ちょっとした裏表のある世界が合わないようで、休み時間はたいてい一人で過ごしている様子。
母としては、「一人いいじゃない!一人を楽しもう!!」と心から思います。
でも本人は、周囲の目が気になって仕方ないみたいで。「一人でいるとダサいと思われているのでは」「あいつはさびしいやつだとレッテルを貼られてるかも」と、ぐるぐる悩んでいる。
長男は長男で、先のことを考えては不安を強く感じるタイプ。決まった時間に決まったことをこなしていくのが苦手で、その焦りとストレスが、しょっちゅう腹痛となって現れます。
子どもたちを見ていると、「自分を大切にして、周りを気にせず、気持ちよく過ごしてほしい」と、つよく願います。
私も中学時代、そうだった
そんなことを考えていると、ふと自分の昔を思い出します。
私も中学時代は、人にどう見られているかが気になって仕方なかったんです。
「みんなに嫌われているんじゃないか」
「変だと思われていないかな」
「昨日のあの一言、引かれていなかったかな」
そんな小さな不安が、頭の中をぐるぐる回っていて。学校に行きたくない、と思う時期もありました。
今振り返ると、なんでそんなに気にしていたんだろう、と思うけれど。当時の私には、それがすべてだったんですよね。
家に帰れば家族がいる。それが救い
考えてみると、当時の私の世界は学校と家庭しかなかったんです。
学校で嫌なことがあると、それは”私の世界の半分”が嫌なこと。逃げ場がない。だからあんなに、気にしていたんだと思います。
でも、大人になった今は違います。
職場で大変なことがあっても、嫌な人がいても、家に帰れば家族がいる。子どもたちのドタバタに放り込まれれば、職場の悩みなんて、あっという間にとるに足らないこととして割り切れる。
世界が広がると、嫌なことの占める割合が小さくなる。それが、「人の目が気にならなくなる」ということだったんだと、最近気づきました。
だから、子どもたちへ伝えたい
今は窮屈で、心配で、気持ちがざわざわすることも多いと思う。学校が世界のすべてに感じられて、苦しいときもあるよね。
でも、時間がたてば、きっと気にならなくなる。やりすごす術も、自然と身についてくる。
だからあまり落ち込まずに、できる範囲で日々を楽しんでほしい。
そう思う、母なのでした。
失敗やむなし!今日も悩める子どもたちとともに、なんとかやってます♪
